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英語は、オトナになってからがおもしろい

宇宙人母、ときどき翻訳家のKAYOが、英会話とはひとあじちがう英語の楽しみ方をお伝えします。

おじいちゃんの本屋さん

5月25日に開催する

「日本語と英語で楽しむ絵本の世界」

おかげさまで満席になりました。

キャンセル待ち、次回開催のリクエストは

こちらからどうぞ。

 

We're Going on a Bear Hunt

 

今日は、この講座にちなんで、

絵本に関する思い出話を書きます。

 

わたしが小さかったころ、

わが家には絵本がいっぱいありました。
 
福音館書店

こどものとも」や「かがくのとも」を

定期購読していたほか、

「ロボット・カミイ」や、

「ちいさいモモちゃん」などの物語絵本、

エーリッヒ・ケストナー

ローラ・インガルス・ワイルダーなどの

文庫本もたくさんありました。

こどものとも復刻版Aセット〈創刊号~50号〉

 

 

わたしは岐阜の田舎に住んでいて、

本屋も近所にはありませんでした。

 

近所の友だちの家には、

子ども向けの本は

雑誌やマンガしかないという状況も

めずらしくありませんでした。


「そんな時代に、なぜうちには

 あんなに良質な

 子ども向けの本がたくさんあったのだろう?」

 

と、大きくなってから不思議に思って、

母にたずねたことがありました。

 

 
すると母は、

「だって、わたしは本屋の娘だったもの。

 目が肥えてたのよ」

と、さらっと一言。

 


そう、わたしの祖父母は、

愛知県の知多半島の寺本(てらもと)というところで、

「早川書店」という本屋さんを営んでいました。

 

祖父は、小学校の先生をしていて、

校長先生までなったそうですが、

戦後、家族を養うために、

本屋さんを始めたのです。

 

母は、その頃の思い出を話してくれました。

 
「あのころ、

 小学校に本を配達もしていたの。

 でも、

 自分が校長先生をしていた小学校に

 本を届けに行くのは

 いやだっただろうなぁと思う。
 
 でも、家族のために、

 がんばってくれたのよね・・・」


祖父はいかにも

「まじめな先生」といった風貌の人でした。
 
そんな祖父が、

自転車をこいで

小学校に本を配達する姿を想像したら

なんだか胸がいっぱいになりました。


 
母は8人きょうだいでした。

母以外はみんな男で、

お兄さんが6人と、弟がひとり。

 

お正月に祖父母宅に親戚一同が集まると、

大人も子どもも大勢いて、

それはそれはにぎやか。

 

でも、わたしはそのにぎやかさが

ちょっと苦手でした。

 

 

人がいっぱいの母屋をぬけだして、

本屋にこもって、

ひとりで本を読みふけっていました。

 

大人向けの本のコーナー

(あのころ、

 いわゆるビ◯本と言っていたやつですな)には、

めっちゃ興味はありましたが、

 

はずかしくて、とても近づけませんでした。
 
(いや、正直言うと、誰もお店にいないとき

 ちょっとページをめくってみたことも…(^_^;))
 
 
少女雑誌「りぼん」や「なかよし」の

あまった付録をもらえることもありました。

 

本屋の建物は、わりと大きな平屋で、

昔ながらの瓦屋根に、

開けるとガラガラと音がするガラス引き戸。
 

照明は少し薄暗く、

本屋の一角が畳敷きの小さなお部屋になっていて、

そこにレジがあり、

奥にはこたつとテレビもありました。


「書店」というより「町の本屋さん」というのがぴったりでした。
 
 


年月は流れ、

祖父母は遠い昔に他界しました。

 

 

おじいちゃんの本屋さんも取り壊されて、

なくなってしまいました。

 

でも、今も、わたしの心のなかには

「早川書店」の光景がしっかり残っているのです。